最終更新日:2019.7.3
特許法の目的は?
答えは、産業発達への貢献という一言…非常に簡単。でも、そうなった経緯は複雑で、そこには人の心のポジティブ・ネガティブが絡んでいます。
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苦労したすえに発明を生んだとき、技術者は心の内で、こう思うかもしれません。
「この発明をつかった製品で、社会の役に立ちたい。この技術を学会で発表することで、後続の研究開発に活かしてもらいたい。」
しかし一方で、次のように疑心暗鬼を生じさせてしまうかもしれません。
「でも、発表してしまうと、誰かにマネされてしまうかも…この発明を見た第三者は、ばれなければと思って、自分のものとして使ってしまうかもしれない」
「うーん、困った」
そんな妄想をしていると…「こんなに悩むくらいなら、公表するの、やーめた」と思う技術者もいるかもしれません。もちろん、発明の出どころに執着なく、「どうぞ、ご自由に使って下さい」と思う方もいるとは思いますが、そう思えるのは稀有な人…少数派ではないでしょうか。
人のサガとして、発明を社会に役立てたいという「ポジティブで晴朗な心」と、公開による模倣を心配する「ネガティブな心」の狭間で葛藤するのが普通だと思います。
そんな心の働きは、一人の技術者だけではなく、多くの技術者の中で起きるわけだから、もはや、社会全体としてのエネルギーの動きです。そして、そんな消極的な心理群が、ネガティブ・エネルギーとして社会に充満してしまえば、「発明という情報」が世の中に出てこなくなり、社会・産業の成長が促されなくなります。
このような、産業発達を阻害しかねないネガティブ・エネルギーを牽制するために特許法は登場しました。つまり、特許法は、産業発達を促すことが存在意義(=法目的)なのです。では、どうやって産業発達を促そうとしているかというと…
特許法は、まず、人間のサガの集合体であるエネルギーを牽制するように、高らかに謳います。
「社会に公表する価値(=特許する価値)のある発明を、後続のために公表してくれたら、一定期間だけど、その発明を事業で独占実施できることを保障します」
そして、その声を聞いた技術者に「国家機関が保障をしてくれるなら、安心して発明を公表しようじゃないか。上手くいけば利益を得られるし」と思って頂き、産業が閉塞感を抱くことなく、発展していくことを期待しているのです。
話を整理すると、特許法は、産業の発達を促すという存在「目的」を達成するために、「社会に公表する価値のある発明を公表してくれたら、一定期間、その発明を独占的に事業で実施できることを保障する」という「手段」をとっていると言えます。
そして特許法は、条文の体系として、この法目的と、それを実現するための手段の「エッセンス」を1条に規定しています。そして、手段の具体的な中身は、2条以降に詳しく規定することとしています。だから、2条以降の全ての条文は、「1条に還る」と言われています。
ところで、法目的を達成させるための「独占的に事業で実施できるための保障」という手段ですが、扱いを繊細にしないと、次のように2つの相反する結末になってしまいます。
どちらに傾いても、法目的が達成されないのは明らかです。
そこで特許法は、発明の保護(発明者のメリット)と、発明の利用(第三者のメリット)のどちらかに傾くことなく、バランスがとれた独占実施保障となるように、2条以降の規定ぶりを工夫しています。法が物凄く複雑な規定になっているのは、独占実施保障を繊細に扱おうとしている姿なのです。
さらに特許法は、現状に甘んじることなく、よりバランスのとれた法になろうと、不断の努力をしています。つまり、社会情勢なども反映しながら、改正(成長)を繰り返しているのです。
その姿は、「発明を保護する側面」と「発明の利用を促す側面」という対極する2つの性質を持ち合わせ、互いに引き合わせ、互いに反発させながら、発展しているようにも見えます。
最後に参考情報です。知財専門家が法目的を、専門用語をもって説明するとき、「発明の公開の代償としての権利付与」というフレーズを使います。
これは、
発明という「秘密にしてもよかった情報」をみんなに教えることで、秘密状態が破られる不利益を受けたのだから、償いとして権利を与えます
ということなのですが、「公開の代償」における「公開」は、特許発明を世に公開する特許公報を意味します(出願公開ではない)。
すなわち、特許としての価値を有する発明を公開することで、初めて産業発達に貢献でき(ギブ)、それに対応して、国家機関が独占的な実施を保障してくれる(テイク)という構図になっています。そのため、新規性を有するかどうかもわからず、当業者が実施できないかもしれず、記載形式も整っているとは限らないような状態の出願公開のことではありません(出願公開の「公開」は重複出願の防止が趣旨です)。