人工知能の発明-出願書類の留意事項

最終更新日:2019.7.3


⼈⼯知能の定義は広範且つ曖昧ですが、本コンテンツでは、機械学習とりわけニューラルネットワーク(NN)に関する技術を論点としています。

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機械学習の学習フェーズ・推論フェーズ

機械学習は、旧来からのプログラムのように、⼈間が条件・判断基準を規定するわけではなく、機械が⾃律的に学習「モデル」を作成します。モデルの中⾝はブラックボックスであるため、機械学習に関する発明の場合、請求項に係る発明の記載及び明細書の記載において、旧来からのプログラムに関する発明と少なからず異なる点があります。この点につき、機械学習の「学習フェーズ」に技術的特徴が表れている発明と、「推論フェーズ」に技術的特徴が表れている発明とに⼤別して特許実務を論じることができます。

推論フェーズに技術的特徴が表れている発明

請求項の記載について

推論フェーズに技術的特徴が表れており、学習⽅法・NNの構造は従来の⽅法・構造である発明の場合、発明に係る製品・サービスに学習機能が実装されるか否かに関わらず、請求項の記載においては学習フェーズの処理は記載しません。請求項の記載は製品仕様を記載するものではなく、発明の本質的部分を権利として請求するものだからです。これを踏まえ、請求項に記載する発明特定事項としては、例えば、⼊出⼒信号、推論部、記憶部を含めることを⼀例として挙げられます。

(クレーム表現の⼀例)

A1情報に基づいて学習されたモデルを記憶する記憶部と、A2情報を受け取り、前記モデルを用いてB情報を分類(予測/最適化/認識)する制御部と、を備える**装置

明細書の記載について

明細書については記載要件、つまりクレームに係る発明の実施可能要件(特3641号)及びサポート要件(特3661号)を満たすように実施形態を記載する必要があります。さらに、推論フェーズに技術的特徴が表れている発明は、発明の性質上、機能的クレームになる傾向があることから、グローバル権利化を意識するとMPF対策の必要もあります。

具体的には、まず、実施可能要件に関する留意点として、たとえ推論フェーズに技術的特徴が表れた発明であっても学習済みモデルを用いて推論する(記憶部に記憶されたモデルがCPU等によって実⾏される)以上、推論フェーズの処理の前提として学習フェーズの処理を記載し、その上で推論フェーズの処理を記載する必要があります。当業者が当該発明を実施できる程度に明確かつ⼗分に記載することが必要だからです。

学習フェーズ:モデルの生成

学習済みの「モデル」は機械学習の結果として生成されるプログラムであるため、パラメータなど中⾝はブラックボックスです。しかし技術分野の特殊性に鑑みて、フローチャートにおいて、機械学習の処理は1つの処理ブロックで記載するにしても、テストデータおよび正解データ(※教師あり学習の場合)を用いて、復元エラーが最⼩になるようにノード間の重み付けを調整する処理を記載し、さらにベストモードとして学習アルゴリズム(誤差逆伝播法等)、NNの種類(畳込NN/再起型NN)を明確に記載することで、当業者が実施できる程度に記載されていると考えることができます。

推論フェーズ:機能

発明の性質上、クレームは機能的表現になる傾向があるため、グローバル権利化を意識するとMPF対策を⽬的に対応構造としてアルゴリズムを記載することが必須になります。フローチャートを記載する上で、モデルを用いて推論するステップは1つの処理ブロックとして記載するしかありませんが、その前後のステップの技術的特徴(⼊⼒データの前処理および⼊⼒データの内容など)を詳細に記載することは欠かせず、MPF対策として可能な限りの実施例を記載しておくことが望ましいです。さらに、クレームの「制御部」および「記憶部」の物理的構造に関する記載として、例えば、モデルを含む推論に必要なプログラムをCPUが実⾏することで制御部が実現され、記憶部はストレージとして当該プログラムを記憶する旨を記載しておくべきです。

学習フェーズに技術的特徴が表れている発明

学習フェーズに技術的特徴が表れている発明をさらに細分化すると、学習⽅法に技術的特徴がある場合の発明と、NNの構造に技術的特徴がある場合とに分けることができます。

1.学習⽅法に技術的特徴がある場合

学習⽅法に技術的特徴があって、NNの構造は従来の構造である発明の場合、学習に用いる⼊⼒データ・正解データに特徴が表れる傾向が多いと思います。そして、⼊⼒データに「技術的な」特徴を⾒出すためには、当該⼊⼒データが学習の前⼯程において⼈為的なプログラム処理が⾏われることによって得られるデータであることが求められます。この特徴的な⼊⼒データは、クレーム表現上は「・・・である情報」というように事実と結果のみを記載することが望ましいですが、明細書においては実施可能要件を満たすため、⼊⼒データが得られる処理過程を明確かつ⼗分に記載することが求められます。

具体的には、機械学習における重み付けの調整は機械が⾏うにしても、例えばセンサで受け取ったデータに基づいて⼊⼒データまたは正解データを生成する処理過程をフローチャートを用いて記載する必要があります。NNにおける誤差逆伝播法等による学習処理は1つの処理ブロックとして記載するしかありませんが、例えば、学習の前⼯程の処理は複数ステップで詳細に記載することが必要です。

そして、クレーム上の発明特定事項として記載される学習部の物理的構造として、CPUによってプログラムが実⾏されることで実現され、当該プログラムはディープニューラルネットワーク(DNN)で構成されて重み付け等の調整を⾏う機能を有する程度の記載は必要であると考えられます。

ところで、学習⽅法に特徴がある物の発明(特23項)として学習装置という発明名称をもって請求項に記載する場合、形式的にはプロダクトバイプロセス(PBP)クレームに該当する懸念があります。学習はモデルの「生産⽅法」であって、生産⽅法に特徴があって「生産された物(モデル)の中⾝が明らかではない」からです。PBPクレームは、形式的に「その物の製造⽅法」が記載されている場合であっても、明細書、特許請求の範囲および図面、ならびに当該技術分野における出願時の技術常識を考慮して、「当該製造⽅法が当該物のどのような構造もしくは特性を表しているのか」が明らかであるときには、「その物の製造⽅法」が記載されていても明確性要件違反(特3662号)とはならないとされておりますが(審査ハンドブック2204参照)、機械学習に関する判断については、審査・審判・司法がどのように判断するか情報が⼗分に蓄積されておりません。そのため念のために、明細書にPBPクレーム対応として「不可能・非実際的事情の絵説明」を記載しておくことが無難であると思われます。

2.NNの構造に技術的特徴がある場合

NNの構造に技術的特徴がある発明の場合、制限付きボルツマンマシンのパラメータなど数学の世界の発明になると考えられるため、数式を用いてNNの構造を明細書に記載することで記載要件を満たすことができると考えられます(数式を用いて特定しないと新規性・進歩性欠如の問題が生じると思われます)。

⼀⽅で、クレームの侵害⽴証容易性について留意する必要があります。⼀般的には、NNの構造に特徴がある発明は発明の性質上、侵害⽴証容易性が極めて低いため、第三者が無権原で実施した場合に差⽌請求権を⾏使することが困難になることが予想されます。特許権による権利⾏使の機会を考慮すれば、⼀般的には、NNの構造に関する発明を特許出願することは得策ではないように思われます。

しかし、出願⼈がB2Bビジネスの顧客にNN構造を開⽰する等の事情がある場合には、特許出願をしておくことがベターであるケースもあると思われるため、ビジネス環境を総合的に勘案して出願・権利活用戦略を練る必要があると思われます。


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