最終更新日:2019.7.21
鳥瞰シリーズ「進歩性」
鳥瞰シリーズ「進歩性」は、進歩性の全体像を示します。理解が難しいポイントについては、本サイトの記事を関連記事として紹介します。記事は比喩を用いているので、分かりやすいと思います。ちなみに、進歩性は米語で「non-obviousness」です。
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特許法は、出願に係る発明につき、特49条各号として限定列挙された「拒絶(査定の)理由」に該当しないとき、特許するとしています(特51条)。
この拒絶理由には、出願日先後の要件、記載要件など色々ありますが、そのなかでも「進歩性」は、最もポピュラーな要件かもしれません。その一方で、理解することが最も難しい要件でもあります。
「進歩性」という文言は、特許法には登場しません。特29条2項は、「容易に創出できた発明は特許を受けることができない」と規定しており、この「容易に創出できた発明」とされる発明が、いわゆる「進歩性のない発明」であると言われているだけです。すなわち、進歩性とは「発明創出が容易ではない基準」です。
請求項に係る発明(以下、本件発明)が「容易に創出できた発明」に該当するか否かの具体的な判断は、審査基準によれば、次のステップを踏むことで判断されます。
Step1.
本件発明に最も近い主引用発明を探す
↓
Step2.
当業者が、下記の3つの手段を用いて、主引用発明をベースに本件発明を創出できる論理付けができるかを検討する
1.副引用発明を適用する
2.主引用発明を設計変更等する
3.従来技術を寄せ集める
↓
Step3.
副引用発明を主引用発明に適用することに阻害要因があるかを考慮した上で、論理付けができなければ「進歩性あり」との結論になる
↓
Step4.
論理付けができた場合においても、本件発明に「有利な効果」があるときは、その効果を含めて総合的に判断する。有利な効果があっても、論理付けが十分にできれば「進歩性:なし」とされうる
初見では絶対に理解できない程に難解です。当業者、阻害要因など複雑な用語が含まれているからです。また、有利な効果や設計変更等などの簡単に思える用語も、実は専門用語です。以下、専門用語を解説しながら、各ステップを順に分かりやすく説明していきます。
なお、「論理付け」という言葉は「付け」があるから少し分かりにくくなっていますが、「論理が通ることが認められる」という程度の理解が適当かと思います。
本件発明に関する先行技術文献を探すと、通常、複数の文献がみつかります。そのうち、本件発明と…
技術分野、または、課題が、同一であるか最も近い発明
が主引用発明として適当とされます。
すなわち、技術分野が違っても、課題が同じであれば主引用発明としての適格性があるし、技術分野が同じであれば、課題が違っても主引用発明としての適格性があると言えます。
但し、本件発明の課題が新規であるなどにより、先行技術文献を探しても、技術分野、または、課題が近い文献が見つからない場合もあります。そういう場合には、進歩性が認められる方向に傾きます。
このステップで、まず留意しなければならないのが、本件発明に到達できるか否かの主体:当業者です。この主体の詳細な意味は、条文の規定ごとに異なります。進歩性判断における「当業者」は技術レベルが高い者とされています。この判断の主体ついては、下記の関連記事にて、わかりやすく説明しています。
関連記事:#進歩性の当業者って?
関連記事:#実施可能要件の当業者
次に、ステップ2の重要箇所:3つの手段を用いて本件発明を創出できるかについて説明します。
「副引用発明を適用する」ということは、本件発明に到達するのに主引用発明が欠く要素を、副引⽤発明で「埋める」ことです。例えて言うならば、主引用発明という平地の上に、脚立などの「登るための道具」を使って、出願発明という高台を目指すことです。
この比喩表現によって、平易に説明した記事がありますので、下記からご参照下さい。
関連記事:進歩性の図解#3つの道具の使い方
ところで、副引用発明を「適⽤」するには、それをする「動機」の存在が必要とされています。審査基準では「動機付けがあるか?」と表現していますが、これは、「動機が与えられているか?」というニュアンスで理解するのが適当です。
審査基準は、適用し合う引用文献の間に下記4つの関係性があることを、動機があるといえる要因に挙げています。
この4つの要因は、「総合的に」考慮しなければなりません。すなわち、4つのうち何れか1つに依拠することは許されず、例えば、技術分野が同じだからといって安直に「動機:あり」とするのではなく、技術課題が共通しているかどうか等も考慮しなければなりません。
なお、中間処理にて、「動機」を否定して進歩性を主張することに執着するあまり、突飛な要素を組み合わせては、本件発明を実施しようと思わせるための魅力が失われるので、注意が必要です。
「設計変更等」とは、読んで字の如く、主引用発明の要素を設計変更等することです。ここで留意すべき点は、(主引用発明の設計変更)「等」です。この「等」とは、出願発明を創出するために、主引用発明の要素の…
(ⅰ)材料を最適なものにする
(ⅱ)数値範囲を最適なものにする
(ⅲ)均等物に置き換える
ことをいいます。すなわち、「設計変更等」とは、設計変更と、これら3つを合わせた概念です。
本件発明が公知の要素で構成され、その各要素の機能・作⽤が関連していない場合には、単に従来技術を寄せ集めただけとみなされます。一方で、各要素の機能・作⽤がそれぞれ関連している(有機的に連結結合している)場合には、「寄せ集め」にはなりません。
以上が、ステップ2の説明です。
本ステップでは、ステップ2の手段による論理付けの成否を判断します。ただし、「阻害要因」の考慮が要ります。
阻害要因とは、「副引用発明の適用」を妨げる原因です。この点についても、下記関連記事にて、平易に説明しておりますので、参照下さい。
関連記事:進歩性の図解#3つの道具の使い方
阻害要因の存在が認められる場合には、本件発明の要素のうち、主引用発明にはないものを、副引用発明で埋めることができたとしても、進歩性は肯定されます。
前ステップで「論理付け」ができたら、かならず「進歩性:なし」になる…わけではありません。最後の「救い」として、出願発明に「有利な効果」が認められれば進歩性が肯定される可能性があります。
つまり、「有利な効果」は、厳しいときに出ると助かる「会心の一撃」です。
関連記事:進歩性の図解#顕著な効果という会心の一撃
有利な効果は、基本的には、本件発明をサポートする明細書に、
のいずれかの場合に認められます。
ただし、それでも、論理付けが十分にできれば「進歩性なし」となりますので、有利な効果に頼りすぎない方がいいです。
なお、出願「後」に公知になった刊⾏物を、引⽤⽂献に⽤いることは当然認められませんが、出願当時の技術⽔準を認定するのに用いることは違法ではありません[S51(⾏ツ)9号審決取消事件,最⾼裁(S51.4.30)]。