最終更新日:2019.7.27
均等論の図解
特許権侵害訴訟では、第三者の実施品が、特許発明の技術的範囲に属するかが争われます。その成否は、特70条の規定の他、「均等論」という例外的基準に基づいて判断されます。
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均等論(きんとうろん)が問題になるのは、次のようなシーンです。
第三者が業として実施している実施品を確認したら、自分の特許発明に似ていた。しかし、似てるけど、どこか違う。第三者の実施品は「A+B+C+D」だが、特許発明は「A+B+C+D´」。特許権侵害の成否の議論において、「特許発明の構成要素のすべてを実施していれば侵害」となるけれども、今般のケースでは「D」と「D´」とで異なるから、差止請求できないのではないか…
このようなシーンにおいて、「D」と「D´」とで異なっていても、実施品と特許発明とが「均等」であると認められる場合には、例外的に、実施品は特許発明の技術的範囲に属すると判断され、特許権侵害を構成することになります。これを均等論といいます。
下の図は、均等論の概要を図として捉えたものです。特許発明はA+B+C+D´で構成されていて、ブロックの大きさが発明における重要度(本質部分かどうか)です。つまり、特許発明において要素Aが本質的部分であって、D´は本質ではなく「おまけ部分」です。そして、このD´の部分を別の要素Dに置き換えたものを第三者が事業として実施した場合において、後述するいくつかの要件(均等5要件)を満たすとき、「均等論」が例外適用されます。
ちなみに、よくある特許解説では、ある発明の要素を単なるアルファベットで示し、改良発明や第三者の利用発明の要素の一部を´(ダッシュ)付で説明していますが、均等論は侵害場面の話であり、被疑侵害品=実施品が議論の主役です。したがって、実施品の要素を単なるアルファベットで示し、特許発明の要素に´(ダッシュ)を付けています。こうすることで、後述の均等の第1要件に登場する「相違部分」という表現とも親和性が高まります。
均等論は、特許法上に規定されているものではありません。過去の最高裁判例によって認められている概念です。過去の最高裁判例では、均等論を次の理由によって認めています。
『 出願の際、将来のあらゆる侵害態様を想定して特許請求の範囲に記載することは極めて困難である⼀⽅、技術進歩のはやい現代では出願後数年で⽂⾔侵害を回避することが容易な技術分野もあり、これによって侵害を免れようとすることは社会正義に反する 』
(ボールスプライン軸受事件,最⾼裁判決,H10.2.24)
そして、この最高裁判決のなかで、
『 なにをもって均等と言えるのか? 』
を示しています。それが、次に列挙して示す「均等論の5要件」です。
念のための言及ですが、第1要件の「相違部分」は、「特許発明の構成要素のうちの部分」です。冒頭の例における「D´」に相当します。また、第4要件の主体も「実施品」であって、特許発明ではありません。後述するように、第4要件は抗弁事由だからです。
知財専門家であれば、この5要件を厳格に知っている必要がありますが、時間軸が入り交じっているため少し覚えにくいです。具体的には、
というように時系列が入り交じっています。しかし、均等侵害が現実に起きる場面をストーリーとしてみると少しは覚えやすくなると思います。
下記の会話は、コンペチタの特許発明をうらやましがる上司:「甲さん」と、それに応えようとする部下:「乙さん」との会話例です。実際は、例のように悪意があるわけでもなく、法に対しても無知ではないと思いますが、分かりやすくするために顕著な表現としています。
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甲さん コンペチタの製品見たかい?素晴らしいよな…でも、特許発明なのだよね。
乙さん わたし、改良できますよ。特許発明の「おまけ部分」(本質的部分ではない)を別の部材にするだけですけれども。
甲さん 別の部材にして、魅力がなくなるなんてことは、ないか?
乙さん はい、大丈夫です。変えるのは「おまけ部分」(本質的部分ではない)だけですので、「魅力」(発明の効果)は変わりません。
甲さん でかした。スゴイじゃないか。
乙さん いえ、わたしは、そんなことはないです。発明者はスゴイとは思いますが、この部材を変えるくらい、今となっては誰でもできます。
甲さん でも、この改良品を販売して特許権者は何も言わないかな。そもそも、公知技術であればいいのだけれどな。
乙さん タイム・マシーンで出願前に戻って、出願時に改良品(実施品)を公知にさせてしまえば、わたし達も心配しなくても済みますけどね(笑)そうでもしなければ無理ですね。
甲さん 発明者が、改良品については権利行使しないと言ってくれれば安心できるけど…
乙さん 途中(出願手続)で「これについては権利として求めません」なんて、普通言わないですよね。
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この会話の中で、部下の「乙さん」は均等5要件をすべて認めてしまっています。
甲さんと乙さんが侵害訴訟の場に呼ばれると、特許権者のXさんとの間で、例えば、次のようなやりとりがされます。
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Xさん D´は発明の本質的な部分ではない(だから、とても似ている)
(甲乙:「いや、D´は本質的部分ではないかな…」)
Xさん それに、相違部分D´を実施品のDに置換えても、効果は同じではないか!
(甲乙:「いや、Dに置き換えることで、発明の~という効果は失っている。」)
Xさん しかも、「D´」を「D」に置き換えるくらい、通常の技術者なら簡単ですよ。
(甲乙:「いや、~という点で結構苦労しました。」)
甲さん でも、実施品は出願時には既に公知じゃなかったか?
(タイム・マシーンに乗ってはいないけど)
甲さん 書類をみると、審査官に、実施品については権利範囲に求めないとか言って…
(ない…かな??)
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このように、第1要件〜第3要件は、特許発明との実質同⼀性に関わる事柄であるため、⽴証責任は特許権者が負います。⼀⽅、第4要件および第5要件は適用除外に関わる事柄であるため、⽴証責任は被疑侵害者が負います。
そのため、特許権侵害訴訟の被告にとっては、要件1〜3は否認事項であり、要件4および要件5が抗弁事項になります。
近年の重要な最高裁判例において、第5要件に関し、次のように言及しています。
出願時に容易に想到できたであろう実施品に係る構成を特許請求の範囲に記載しなかった場合であっても、それだけで直ちに実施品が特許請求の範囲から意識的に除外されたとは⾔えず、実施品に係る構成で相違部分を置換えることができる旨を明細書に記載するなど、その旨を認識しながら、特許請求の範囲に記載しなかったことが客観的・外形的に表れているときにはじめて、実施品が特許請求の範囲から意識的に除外されたといえる
(マキサカルシトール事件,最⾼裁,H29.3.24)
均等論の5要件は少し複雑ですが、かみ砕いていうと「特許発明と、実施品とは似ているけれども、どこか違う。だけど、それは重要な部分ではなくて、同じ効果がある」ということです。ちょうど、名曲の歌詞にこんなフレーズがあります。
似てるけど どこか違う だけど同じ匂い
(sign/Mr.Children)
このフレーズは、まさに「均等論」の5要件の本質ではないかと個人的には思います。