特許における「発明」とは何でしょうか?部署の研究開発の成果として、新しい技術を知財担当に提案しても、「これは発明ではありません」と言われたりします。発明って子供の頃から知っている言葉なのに、特許に関わると、どんなものだか掴み切れません。知財専門家が認める「発明」は、どんなものなのでしょうか?
弁理士からの回答
確かに「発明」という言葉は特許だけのものではなく、広辞苑でも「新たに考え出した物事」という趣旨で明確に定義されています。にもかかわらず、「新たに考え出した物事」を知財専門家に提案したとき、「それは発明ではない」と言われるのは、特許法が、所定の要件を満たすものしか「法上の発明」と認めていないからです。
つまり、特許に関わると「発明とは何か」を掴み切れなくなるというのは、特許法が定める要件が分からないということと同じです。
「法上の発明」と認められるための要件は3つありますが、それらをかみ砕くと「法上の発明」は、次のように説明できます。
法上の発明とは、ある課題を解決する「技術」であって、その課題を解決する技術のポイントが物理法則を「利用」しており、さらにその技術を「知識」として他の誰かに伝えられるもの
回答の詳細な説明
発明という言葉は、特許という世界があることを認識する前から皆が知っているし、日常でも触れたことがある言葉です。もちろん辞書にも載っている。
しかし、発明という概念は抽象的で、一般的には、その意味するところも明確に捉えられていないと思います。辞書に意味が載っているといっても、辞書ごとに文字面は若干違います。
それに対して、特許法は、その抽象的で不明確な概念である発明のうち、「所定の要件」を満たすものを取り出し、それを具体的、且つ、明確に定義しています。それを「(法上の)発明」といいます。
特許法は、法上の発明であるものと、そうではないものとの境界線を、「所定の要件」によって明確に引いています。知財専門家が「発明ではない」と言うのは、この「所定の要件」を満たしていないからです。また、特許の世界にいると「発明って何?」と途端に分からなくなるのも、この「所定の要件」が分からないから、ということです。
では、何故、「所定の要件」を注文するのかというと、それは、どんな類の発明であっても無条件に特許法が保護してしまうと、特許法制定の目的に沿わないからです。つまり、所定要件というのは、法目的に貢献できるであろうものを定めているということです。そして、その要件は次の3つになります。
- 技術的思想の創作であること
- (創作が)自然法則を利用していること
- (創作の)レベルが高度であること
この3つの要件を満たすと「特許法上の発明」と認められますが、難しそうな言葉を含む要件が3つもあるので、一見、理解が難しそうに見えます。ですが、一言一言、順に解釈していけば、最も重要なものだけが残り、それを理解すれば全体の理解も困難ではありません。具体的には、次のとおりです。
- 要件1に「創作」とありますが、これは発明者が「これは新しいぞ!」と思っていればOKということです。ここでは主観的に新しいと思っていれば問題ありません。客観的な新しさは、別途、新規性の要件として審理されるからです。
- さらに、要件1には「技術的思想」とありますが、これは「誰かに知識として伝えることができるスキルでないとダメ」(要するに、経験などのKnow-HowはNG)といっているにすぎません。
- また、要件3に「高度」とありますが、これは、単に実用新案制度の考案のレベルと区別するために使われている言葉です。ですから、特許実務で「これは高度なのか」と検討する場面はなく、基本的に無視してもOKです。
つまり、「(法上の)発明」の定義の該否において、大切なのは次の1点に絞れます。
自然法則を利用したものか否か
そして、「技術的思想が自然法則を利用したものであるか否か」を考えるときに「発明のどこに自然法則があるのか?」を検討することはしません。なぜなら、殆どの技術には高校物理で勉強する自然法則が使われているからです。
例えば、通信技術であればクーロン/キルヒホッフ/フレミングの各法則を使っているし、他分野でもヘンリー/シャルルの各法則…自然法則を使っていない技術を探すことの方が、むしろ難しいです。
このように、殆どの技術には自然法則が使われているので、「発明が自然法則を利用したものか否か」の要件判断は、それの論理的対偶をとって、
自然法則の利用をしていないなら発明ではない
という基準で判断をします。ちなみに、論理学の対偶は、前者が真であるならば、後者も真になります。当該基準で判断したとき、例えば、「法則」は、それ自体が自らを利用できないから当該要件を満たしません。
ところで、この「利用」ですが、利用の主体である技術ポイントが問題になります。
どういうことかと言うと、発明全体の中で、発明の課題を解決するポイントが自然法則を使っていれば、「自然法則の利用」要件を満たすと認められます。しかし、一方で、課題を解決するポイントは顧客情報などの人間の手によって取り決めたものしか使わず、課題解決にさほど重要ではないところで、おまけ的に自然法則を使っているにすぎない場合には、「自然法則の利用」要件は認められません。
例えば、IT技術といっても、課題解決のための工夫が顧客情報にあり、おまけの通信処理にしか自然法則を使っていない場合には、「特許法上の発明」とは認められません。
以上の説明を整理して、かなり噛み砕いて、特許法上の発明を定義すると、次のようになります。
ある課題を解決する「技術」であって、その課題を解決する技術のポイントが物理法則を「利用」しており、さらにその技術を「知識」として他の誰かに伝えられるもの
これが、特許法の謳う(明記して示す)発明です。
ところで、諸外国を見たときに「発明とは何か?」を特許法において規定していない国も多いです。理由は、単純に難しいから。判例に任せようよということです。でも、日本の特許法は優しく・誠実で、「発明って何なんだ!!」という葛藤が人の内側で生じないようにと、何とかして発明を定義してくれているのです。本当に立案者、それに携わった方々の苦労には感謝です。